易占い|【完全無料】中国古来の筮竹と算木による64卦の周易鑑定

『無料の易占い』中国古来の筮竹と算木を使った64卦の周易で、人生、仕事、出会い、恋愛等、あなたの悩み沿った様々なテーマについて鑑定します。方針に迷った時、好きな相手の本音を知りたい時、人間関係の修復、今後の運勢や展望など……易占いであなたが抱える問題解決のヒントを受け取って下さい。

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易占いとは
「易」という字は変化を表しており、それは天候や自然の変化であり、社会や運勢の変化でもあります。理解し予測するにはあまりにも複雑な世界の森羅万象を、少しでも解明したいという願いから、この世のすべてを8個の卦(か:一般的には「け」と呼ばれていますが、正式には「か」と呼びます)、すなわち八卦で表す思考法が、中国東部の部族長である伏義(ふくぎ)によって唱えられたのが、およそ三千年前のことです。そこが出発点のひとつとなり、易の誕生となったのです。

文明が進み、より高度な思想が編み出され、八卦は64卦となり、卦には、6つの爻(こう)が考案され、易はつねに進化してきました。日本に易が伝わったのは、6世紀ごろといわれています。平安時代には、占いとして貴族社会に浸透しはじめ、江戸時代に至って全盛を迎え、武士から庶民まで広く知れ渡っていきました。

■未来を予知する「卦(か)」について
易の基本になるのが「陰陽(いんよう)」の概念です。陰陽の概念では、すべてのものを相対するものとしてとらえています。易の世界では、「陰」を中央が欠けた横棒、「陽」を欠けない横棒で表していることが多く、この陰陽の組み合わせが「卦」というかたちで、運勢の全体的なイメージを構成しているのです。
易は通常、算木や筮竹(ぜいちく)、サイコロなどを使い、卦を得ます。ひとつの卦は、6個の陰陽が縦に組み合わさって構成されています。3つの陰陽を組み合わせたものを八卦と呼び、ふたつの八卦を組み合わせたものが、ひとつの卦になるのです。
つまり、ひとつの卦には、ふたつの八卦があり、下から3つの陰陽を組み合わせた八卦を「内卦(ないか)」と呼び、さらに上の3つの陰陽を組み合わせた八卦を「外卦(がいか)」と呼びます。このように、八卦がふたつ組み合わさることで、64通りの卦ができるのです。

■六十四卦について
易占いは「八卦」と呼ばれる8つの記号を組み合わせて鑑定します。その組み合わせが8×8=64となり『六十四卦』(ろくじゅうしけ、もしくは、ろくじゅうしか)と呼ばれています。六十四卦は、この世のあらゆる事象を詳しく占うことができると言われています。

陽の気だけで構成された卦で、気が充実し、もっとも勢いのある状態を示したもの。天の活力が地上に恵みを与え、万物を生成する様子も表しています。勢いはとどまることがなく、同様に、人に対しても正しい行いを貫き、その努力を怠ることがありません。「乾(けん)」は君主を表すように、本質を正しくとらえ、最後まで成し遂げることが求められる卦でもあるのです。時に理想を求めるだけで現実が伴わない場合もあるので、客観的な視点をもって年長者の助言を求めることも必要です。女性の場合は強すぎる卦なので、ひかえめを心がけることが求められます。

陰の気だけで構成された卦で、従順な気持ちや、どんなことも素直に受け入れる徳の厚さを意味しています。堅実さや現状維持のための努力と工夫が求められる卦といえるでしょう。「坤(こん)」が母を表すように、あらゆるものを包み込む母のような懐の大きさ、やさしさも示しています。時に弱気で迷いやすく、気苦労が絶えないこともありますが、あせりや迷いは禁物。一歩ずつ着実に物事を築き、目上を敬い、従う姿勢が大切と説いています。自分がリードするより、相手を支え、尽くしていくことで、天と人の助けが得られるでしょう。女性の場合には吉運を表す卦となります。

「屯」の文字は草木の芽を表し、大地を示すもの。そして、「雷」の文字は「春」を意味します。つまり、雷雨のあとに春の訪れがあるように、万物がこれからイキイキと動き始めることを示していますが、しかし、実際にはそれがかたちにならず、伸び悩んでいる状態を表します。また、この卦は「子供」ととらえ、童心のような素直な心を表します。子供は大人のようにスムーズに物事を進めることはできませんが、やがて、大人になれば、それもかなうでしょう。いずれにしても、今は思うように物事が運ばなくても、秘めたパワーをじっくり育て、時機が来るのを待てば、願いは成就すると教えています。

この卦を風景に表すと、山の上から水が流れ、霧が一面に立ち込めている様子で、人間にたとえると、幼少期の子供を表します。霧の風景や幼い子供から意味されるのは、「先が見えない」「正しい決断ができない」ということ。でも、霧は晴れれば先を見通すことができ、幼い子供であれば、良い指導者や助言者を得ることで答えを導き出すことができます。その意味でこの卦は、今は曖昧模糊(あいまいもこ)とした状態でも、いつかは霧が晴れるように答えが出て、希望がかなえられることを暗示します。もちろん、そのためには、良き助言を得ることが必要です。

雨が降り、なかなか先に進めないことを表しているのがこの卦です。そして、「雨が降っているなら、やむまで待ちましょう」と。では、待つ間に何をしていればいいかといえば、この卦は食事をすることをすすめています。食事をすることで自分自身に栄養がたくわえられ、英気が養われるからです。つまりは、行く先には厳しさ、険しさがありますが、それが氷解するのを、基礎固めをして、実力をたくわえて待つことの大切さを教えているのです。また、食事のほかにも「会話」をしながら待つことも教えています。要は気楽に構え、悠々と待つことで、やがて機が熟し、その時がやってくる、と説いています。

相手や他人を表す外卦は天に昇ろうとし、自分を表す内卦は下に向かっている、というように、考える方向がお互いに違っていることを示すのがこの卦。天(外卦)からの雨水(内卦)の権利をみんなで自分のものにしようと争い合っている姿でもあるのです。そのため、この卦は、見込み違いや考え違いを表し、仲が悪いことを暗示します。また、確固とした自分の考えがあるため、それを相手にわかってもらいたいと、よく話をすること、弁舌のさえなども意味します。いずれにしてもこの卦は、意見や考え方が違うことから口論や対立、訴訟に発展することを暗示しています。

大地(人々)の下に飲み水(井戸水)があり、人々は水を求めて生きているという、人間として自然な姿を示しているのがこの卦。ただし、人が複数集まれば、トラブルや争いのタネは尽きず、男女にもめ事が生まれるのが常。だからこそ、深入りは禁物という意味もこの卦にはあるのです。また、「師」という文字は、戦いや軍隊など「攻める」ことを表しますが、天の道理に合った攻めや正攻法の戦いなら、とがめられることはなく、いずれ沈静化することを意味します。困難は尽きなくても、正しい行いをしていれば、それは解決していくのです。

雨水が地面に吸い込まれていく様子を表したのがこの卦で、仲良く人と交わり、親しみ、協力していくことを示しています。半面、親しむべき時に自分だけが孤立し、排他的になってしまうと、いずれは肩身が狭くなり、身の置き場に困ることも表します。雨水が地面に染み込むのは自然の摂理で、それに逆らうことは理に反するからです。また、親しむことに気後れして時間をおいてしまうと、チャンスを失う、という意味も。その人に親しみたい、接近したいという人はたくさんいるので、うかうかしていると後れを取ることも示します。

自分を表す内卦は「天」で、雨水を含んでいるものの、その上に外卦の「風」があるため、地上の水分は風に遮られて雨雲にならず、雨にならない様子を表しています。つまり、自分自身は意欲的であっても、エネルギーが足りず、しかもそれを押しとどめるものがあり、少しの間、停滞する、とどまる、ことを表します。さらに、その場を離れたくても離れられない、という意味もあり、それを示すのが「小畜」の文字。とどまっている間に自分自身のエネルギーをもっとたくわえ、実力をつけて目標を定めなさい、と教えています。

自分自身を表す内卦は「少女」を意味し、その上にある外卦は「年長者」や「権威者」を表します。力の弱い少女が剛の者の後ろを歩く姿には、トラの尾を踏む危うさがつねに潜んでいます。しかし、権威者に対して慎み深く、尊敬の念と礼儀を尽くして対していれば、取って食われるようなことはない、と教える卦です。それを端的に表すのが「履」という文字。「履歴」など、積み上げてきたものを表すように、今まで履修してきたマナーやエチケットを守るよう心がけることの大切さを教えています。危険や問題が多くても、礼儀を重んじて慎重に行動すれば大過なく進むというわけです。

上にある外卦は、陰である「地」を表し、下の内卦は「陽」である天を表します。地は下ろうとし、天は昇ろうとするため、外卦と内卦は必然的に交わり、その結果、お互いを信頼し合い、許し合う、調和の取れた平和が訪れることを意味します。男女の仲を占う時には、重要なカギになる卦といえるでしょう。ただし、陰と陽もやがては入り乱れて、安泰な状態もいつかは乱れることが予想されます。この安泰を長く守るために、規律を守り、お互いの立場や持ち分を思いやる心がけや努力の大切さも説いています。

上にある外卦は天に昇り、下の内卦は地に下ろうとするため、陰(地)と陽(天)が相反して天地が交わらず、万事に交流がなく、何も生み出さないことを表します。人でいえば、お互いに理解しにくいことから反目しやすく、意思も通じない状態といえるでしょう。また、陰と陽が相反し合うのは不自然な状態でもあり、正しい行為が行われないことも意味します。正しいと思った行為であっても、強引に行えば通ることは難しくなります。天と地が背き合っている状態なので、無理に主義主張を通しても、それが通ることは困難でしょう。

外卦の「天」は上に昇ろうとし、内卦の「火」も上に燃え上がっていくもの。つまり、どちらも上に昇ることから、「同じ志を持った同志」を表します。その意味で、単独で行ったり、孤立することを戒め、何かを計画する時は力を合わせ、共同で行うように教えています。ただし、「天」と「火」は志が同じでも、性質は異なります。そのため、表面は協力関係であっても、内部争いが起こることも示唆しています。「同志」という意味から、男女の仲では、同じような考えを持つ者、つまり、まわりにライバルがいることも表します。

頭上に明るい太陽があり、陽の光が燦々(さんさん)と輝く状態を示しているのがこの卦です。つまり、何事も盛大であり、充実し、豊かな時であることを表しています。ただし、太陽は、知恵や明白さを表すもの。その意味で、豊かさを保つには、公明正大であることが条件になり、善行の大切さを説いているのです。また、男女の仲を占う場合には、女性を表す火が天上にあるため、女性の天下、女性中心の状態を表します。その女性は、美しく、女帝のごとく気品があり、気位が高いとも読めます。

地上より高いはずの山が地の下にくぐっていることから、謙虚な状態を意味する卦です。謙虚さは礼儀の基本で、物事を成し遂げるためには才能を出しすぎず、ひかえめに行うことの大切さを説く卦ともいえるでしょう。また、内容のある山が地の下にあることから、誠実さや真実味がある、なども示します。しかし、上にあるべき山が下にあるというのは、時には「卑下」する状態とも読め、誇るに足るものがないからひかえめになることや、なかなか自分を打ち出せない要領の悪さを意味する場合もあります。

地中にたくわえた雷が空に現れ、とどろき渡る様子を示した卦です。「地」が、前もって準備をしたり、用意をしたりするなどの事前の努力を表し、「雷」は、祭典などに用いる音楽、つまりは喜び、楽しみを意味します。準備万端怠りなければ、地上に陽の気が訪れている春の季節であることから、今後さまざまな喜びが待ち受けているかもしれないと予期する卦です。勢いを感じさせる卦ですが、この卦は、物事を自分の都合のいいように解釈したり、楽観視したり、あるいは、単に快楽におぼれたり…を意味する場合もあります。

「雷」を表す内卦と「秋」を表す外卦の組み合わせから、雷が秋の下に潜んでいる様子を表しています。つまり、秋の雷は力が弱い、という意味で、自然の流れに従った状態を示し、臨機応変に自然の流れや変化に従うことの大切さを説いています。また、雷が大きく鳴り響いたあとはその姿が消えゆくように、精を出して働いたあとは、ゆっくり家で休んで英気を養う、という意味も。さらに、男性が女性を追いかける姿を表した卦でもあることから、相手に合わせる、相手に従う、従わせる、という意味もあります。

上にある外卦が「山」を表し、その下の内卦が「風」。つまり、風が山に遮られて吹き抜けない状態を表した卦です。新鮮な空気がなければ当然、物は腐り、動かなくなり、行きづまります。しかし、そんな状態から脱するには、うまく新風を吹き込めばいいわけで、そこから物事は好転していく、という意味も。つまり、「乱れ」が極限まで達して新しいものが起こるかたちを表しているのです。また、「蠱(こ)」の文字には、「腐る」のほかに「惑わす」という意味もあり、男女の仲を占う場合には、腐れ縁のほかに、若い男性が年上の女性に夢中になる様子も表します。

上にある外卦は「地」、下にある内卦は「水辺」で、地の底に水が染み入るように、上位の者が下位の者に親しみ向き合う姿を表しています。また、この卦は、旧暦12月の卦でもあり、この月以降、日ごとに陽の気が増えて活発になり、春に向かう姿を表した卦でもあるのです。時とともに活気が生まれるので、人々もそれに喜んで従うという図が浮かび上がることから、前に進む勢いがあり、積極的である様子がうかがえます。ただし、陽の気も極まれば陰の気に転じてしまうので、有頂天を戒め、反対に落ち込んだ時にも絶望しないことを教えています。

4つの陰がふたつの陽を仰ぎ見ている姿を表した卦で、上の者が形式だけでなく誠意をもって行えば、下の者はそれを見て尊敬し、自分を正そうとするだろう、という意味があります。何かを行う時は、心を素直にし、へりくだる気持ちで先人や他人の行いをよく観察し、そこから正しいことを学び、悪いことを改めること。そうすれば、学ぶことも多く、精神的な満足も得られる、というものです。人をよく観察し、自分を戒めることの大切さを教えています。なお、陰の気が徐々に増えていく卦であることから、勢いは強くはありません。

「ぜい」とは、歯でかむこと。「ごう」は、がっちりとかみ合うこと。つまり、口の中でしっかりかみ砕くことを表す卦です。これは、外卦と内卦を上下の歯と見た時に、四爻(こう)の位置に、1本、異質な物が挟まっているため、それをかみ砕かなくては上下の歯がかみ合わない、と読むからです。このことから、奥歯に物が挟まっているようでイライラする姿、あるいは、何かの邪魔が入り、問題やトラブルが発生しやすいことを表します。けれども、大変な労力は伴いますが、その異物(邪魔な物)を砕いてしまえば、問題はなくなることも意味します。

「賁(ひ)」は飾りを意味し、外卦の「山」を内卦の「夕日」が照らし、美しく山並みが飾られている様子を表した卦。四季の移り変わりは自然の飾りであり、文化や風俗は人の心の飾りです。これらの「飾り」をよく観察すれば、自然の動きや人の心を知ることができます。ただ、人が自分を飾り立てるのは、多くの場合、見えや虚飾によるもので、内実の伴っていない見かけ倒しが多いもの。それに惑わされないための注意が必要なことも、この卦は教えています。また、「見込み違い」も表し、大丈夫と思っていたことが実は違い、ミスになる、という意味もあります。

本来は空高くそびえている山が、あたかも刀で土を削り取られるように、徐々に地面がはぎ取られ、山の姿を失うことを表した卦です。卦を構成するのは、天上にある陽の気1本と5つの陰。陽は陰に追い込まれ、やがてすべて陰になってしまう、勢いが衰えた状態を表します。季節でいえば、秋から冬への時で、パワーがもっとも衰退していく時期。勢いよく進みたくても、まだそのタイミングではないのです。今は、春が訪れるのを待つように、英気を養いながら時機が来るのを待つ時で前に出る時ではないと教えています。

春を意味する「雷」が地中にあることを表す卦で、陰が極まったあとに陽の気がめばえ、衰えきっていた陽の光に再び勢いが戻ってくることを表します。今日を境に陽の光が徐々に長くなっていく冬至を表す卦でもあり、そのため「一陽来復」の「復」の文字が使われているのです。この卦はしだいに勢いを持ち始める回復のきざしを暗示していますが、勢いといってもエネルギーはまだまだ微弱。本当の春の訪れが来るまで、あせらずじっくりと力を養いたくわえていかないと、せっかくの陽の気も消えてしまうので注意が必要、とも教えています。

外卦の「天」の下に「雷」がある状態を表したのがこの卦です。天高く雷が鳴り響く様子は自然の理にかなったもので、本来のあるべき姿と少しも矛盾したところがありません。つまり、自然はさまざまな変化や現象をもたらしますが、人間がそれに逆らおうとしても無理な話で、なすすべを何も持たない小さな存在が人間だということを、この卦は説いているのです。そうした意味からも、何事も自然の流れに合わせて無心に生きることが大切で、それに逆らったり、策を弄(ろう)することはまちがいだ、と教えています。

どっしりとした大きな山の内部におおいなる強い力や能力をたくわえている状態を表すのがこの卦です。物やお金をたくわえたり、じっくりと人格を養うことを示しています。まちがいのない正しい行いや知識をたくわえることができれば、どんな大きなことも成し遂げることは可能ですが、たくわえることは一朝一夕にできるものではありません。前に進むことを考えるより、時間はかかっても、ゆっくりじっくり積み重ねていく努力が求められるのです。それができた時、大河を渡るように大きな目標も達成することができるでしょう、とこの卦は説いています。

外卦と内卦をそれぞれ「上あご」「下あご」とし、口を表したのが、この卦。「頤(い)」という文字も、口や下あごを意味し、養い育てることを表しています。養い育てるとは、食べることもそうですが、収入を得ることもそのひとつになります。それは人間にとって基本的なこと。だから、養いの道が正しく行われなければ人は正しく育たないし、安定することもないのです。養う側は飲食や言葉を節制すること。そして、養われる側は、心を正しく持ち、必要なものをみずから見極めて求めることだと教えています。また、両者がかみ合う時、あるいは、口先だけの話に注意、という意味もあります。

陽の気の勢いがありすぎる卦の姿から、屋根が重すぎて両端の柱がたわんでいる状態を表し、大きいものが過剰であることを示しています。物事にはバランスが大切で、過剰に負担がかかったものは不安定であり、非常事態であるはず。しかも、崩れたバランスを整わせるには大変な苦労と努力がいるものです。そのことからも、「何事もやりすぎは禁物」を教える卦といえるでしょう。ただし、大きな負担もクリアできた時の喜びは大きいもの。プレッシャーのかかる非常事態であっても、そこから逃げようとせず、克服する気持ちを持つことも大事、といった意味もあります。

苦悩を表す「水」がふたつ重なった卦で、穴に流れ込んだ水は穴を満たさず、まだ穴の中にある状態を表し、困難な状態におちいるなど、非常に労苦の多いことを意味します。まさに「一難去ってまた一難」の言葉がふさわしい卦なのです。しかし、水にはつねに動きがあるため、いずれ穴を満たして海へと流れていくはずです。人もこのような困難な事態におちいっても、誠実に努力し続ければ、大切なものを失うことなく、物事を成し遂げていけるでしょう、と説き、さらには、苦労を乗り越えたあとには、誠実で深みを増した人間になれることを教えています。

「火」がふたつ重なった状態を表すのがこの卦。「火」は、「明るいもの」「明快」「明察」などを意味し、太陽のような明るさ、情熱、正しく確かな行いが発揮できることを表します。しかし、軽率な行動は火を凶器に変えてしまい、また、「移り気」「熱しやすく冷めやすい」意味になることも。そうならないためには、意識して公明正大な態度を取ることが大切なのです。火は燃え移ることから、人と人がついたり離れたりなど、人と人とのかかわりも示します。つくべき人をまちがったり、正しい関係でないと、何も生み出さず、願いも通らなくなるでしょう。

外卦に「沢」があり、内卦に「山」があるこの卦は、沢の水が地下に浸透し、水を受け入れてみずからも潤い、草木をはぐくむ様子を表します。そうした沢と山の姿から、お互いに意気に感じたり、感応することを意味します。また、山は若い男性を、沢は若い女性を表し、男性が女性に思いを寄せる姿を意味することも。あるいは、女性が積極的である様子も示しています。いずれにしろ、お互いに応じ合っている姿を表す卦のため、何事に対しても感受性が豊かで喜びも多く、感じることが吉につながると考えられる卦です。

ひとつのことを変わることなく永続的に貫くことで吉となる卦。外卦は成人した男性を、内卦は大人の女性を表し、さらに、外卦の「雷」と内卦の「風」の組み合わせは、雷が風に乗って遠くに走ったり、雷に触発されて力を増すなど、お互いを助け合って良い面を伸ばし合う格好のコンビ。そのため、この卦は、夫婦がお互いに協力して長く家を保つ姿ともいわれます。長く行いを続けることで知識や経験も増え、物事の真実の姿も見えてくるでしょう。継続することは難しいことではあるけれど、得るものは大きく、地道に努力していくことの大切さを教えてくれます。

内卦の陰の気が徐々に勢いを増してくるかたちの卦であるため、陽の気で表される君子(他人や相手)は山の中に逃げて隠遁(いんとん)生活を送ることを意味します。つまり、運気が傾いている時は、前に進むことだけを考えるのではなく、引き下がることも必要だろう、と教える卦なのです。トラブルに真正面から向き合っても、今はそれに対抗するだけのパワーがないのですから、力がたくわえられるまで時間と距離をおくことが大切なのです。消極的であることは少しも恥ではありません。それが活路を見いだす道になる場合もあるのです。

下の「天」はすべて陽の気で、上の「雷」もまた、陽の気の勢いが増している状態。旧暦2月(現在なら3月から4月)の卦ともいわれ、春まっさかりのころのように、物事が大きく勢いをつけて動く時で、運勢が非常に盛んなことを表します。しかし、万事に力や勢いがある時だけに強引になりやすく、礼儀や道理を忘れてしまう時でもあるのです。そうした意味からも、勢いがあってもそれに任せず、謙虚さと礼節を知って行動するべきで、時にブレーキを踏むことも大切だと説いています。

太陽が地上に昇り進む姿を表した卦です。太陽が地上を明るく公正に照らすため、それまで見えなかった物がしだいに明らかになっていく様子を表し、物事の道理がはっきりする時。また、地面は素直に太陽を受け入れることで、さらに輝きを増し、その良さを発揮します。つまり、照らし出された地面は太陽(上位者)に認められ、上昇するというわけです。ただし、前進するためには途中で困難を要する卦でもあります。それでも、上の者は賢明な判断で力のない者を正しく導き、下の者は心を曲げずに従順に従う努力ができれば、かならず道は開ける、とされています。

外卦の「地」の下に内卦の「太陽」が没しているかたちを取り、「明」は明るさ、「夷(い)」は傷つく、損なうなどの意味から、日が沈んで暗くなった様子を表します。地の下に明るさが隠れている状態とは闇であり、正常な時ではなく、正しい行いはされにくいもの。こんな時は、自分の正しさを訴えてもわざわいやもめ事を招くようなもので、明るさが戻ってくるまで自分の正しさや志、才能は内に秘め、黙々と自分の道を歩めば良いとされます。夜の卦でもあることから、見通しの悪さに気をつけることも大切でしょう。

卦のかたちは、内卦の「火」がよく燃えて外卦の「風」に勢いをつける姿を表していることから、妻が夫を支えている卦といわれます。つまり、女性がしっかり家を守ることから温かさや喜びが生まれ、住む者に安心が与えられるというもの。また、男女がそれぞれの本分をよくわきまえることで家が正しく守られ、一家が和合する、とも考えられています。さらに、「火」と「風」は、次女、長女を表しているため、女性がお互いに協力して家を整え、保つことも示します。家庭、従順、女性的などを意味する卦の代表的なものです。

外卦の「火」が上に向かって燃え、内卦の「沢の水」が地下に向かって流れる姿であり、人間にたとえれば、「火」が次女で、「沢」が三女。立場や考え方が違うふたりが何かと言い争っている図で、口論し合っている状態を表します。しかし、「火」には「聡明(そうめい)さ」、「沢」には「喜び」の意味があるため、お互いは反発し合っているように見えても、それだけに引き合う気持ちもあり、調和する面もあると教えるのがこの卦の特徴です。人間関係での対立を表しますが、よく調和することを心がければ大きな問題にはならないとも読みます。

「蹇(けん)」とは不自由な足を意味し、卦の姿も、外卦が困難や悩みを表す「水」、内卦が険しい「山」を表し、急流の水で非常に渡りにくく、背水の陣を意味します。苦労が重なる時で、無理に打開しようとしてもさらに困難を招くだけで、事態の改善には難しいとされています。ただし、自分を表す内卦の「山」は年若い男性を表すため、まだ、経験や知識が足りていないことの表れでも。そのため、困難が降りかかってくるのも、自分の知識や努力が足りなかったと反省し、耐えて待つことを覚えれば、しだいに状況は改善されていくと、この卦は教えています。

暖かな春の雨によって厳しい冬の寒さが解消されていく姿を表した卦。どんな困難や悩みでも、いずれは解消されることを意味します。また、厳しい冬が春雨とともに終わるように、人のあやまちも厳しく罰したあとは、罪を許し、寛大な姿で更生の道を開くべき、とする意味も。ところで、この卦は「解」という文字で表されるように、「解消」されるという意味を持ち、困難が解消されることも暗示しますが、反対にそれまで順調であった物事が「解消」されるとも読みます。今まで続けてきたことは好転のきざしを見せますが、新規の計画などは解消される恐れがあります。

相手や他人を表す外卦は、そびえ立つ高い「山」。自分自身を表す内卦は低い水辺の「沢」。つまり、沢の土を減らしたぶん、相手の山が高くなり、自分の損を意味します。とはいえ、この卦の姿は、自分が相手に利益を与えていることであり、その姿は誠実そのもの。一見、損をしているように見えても、いずれ物理的なものか精神的なものかはわかりませんが、利益となって返ってくるはずです。そのため、この卦には、表面的な損得だけで判断するのは禁物、という意味も含んでいます。人への奉仕、尽くすことの大切さもこの卦から読み取れるでしょう。

「風」が激しく吹けば、「雷」もますます激しくとどろく、という姿から、上から下(自分自身)に利益が与えられることを意味するのがこの卦です。上に立つ者、富んだ者は、下の者、乏しい者に与えてこそ正しい道であり、人々に喜びが生まれると教えます。また、風によって雷が勢いよく動くことから、物事にスピード感があり前進できる時、と読むことも。機が熟し、「いよいよチャンス到来」であることを表す卦でもあるのです。良い行いは速やかに取り入れ、あやまちは雷が鳴るように公正に改めるようにすること、との意味も。

外卦は水辺を表す「沢」。内卦は「天」を表し、水辺の水分が蒸発して天上に昇り、今まさに雨が降ろうとしている状態で決定を表します。あるいは、沢の堤防から水があふれ返る様子も示し、決壊も意味します。いずれも勢いが極まることの象徴で、それが決定か決壊か、吉凶ふたつの意味を持ちます。その意味で、大きな波乱が目の前に潜んでいることを表したり、物事の白黒がはっきりつくことを示します。一か八かの決断や、急進が求められる時ですが、波乱があることを想定し、向こう見ずにならず、熟慮が必要な時といえるでしょう。

「こう」とは出会いを意味する「邂逅(かいこう)」の逅にも通じ、「こう」そのものは、美しさを表します。そんなこの卦を構成するのは、男性を表す陽の気が5つ。女性を表す陰の気がひとつ。つまり、ひとりの女性が5人の男性に会いに来たことを意味したり、出会いそのものを意味します。ちなみに、この卦が表す女性の性質は、多くの男性に会う姿から、節操のない女性と見る場合もありますが、クセのある魅力を持つ女性、勢いのある女性、年上の女性と見ることもあります。なお、出会いそのものの意味は、男性と女性の出会い、つまり異質なものの出会いであることから、災難を表したり、うわさが多い時、とも読みます。

地上に水辺を表す沢ができた状態を示す卦です。「沢」は水が集まってできることから、「集まる」という意味を持ち、さらに、「沢」は喜びを表すため、人や物が集まって活気がある状態や豊かさを象徴します。また、「沢」は外卦で目上を意味するため、上位の者が喜びをもって行えば、下の者は「地」の性質である従順さを発揮し、さらに人が集まる、と読むことも。人や物が多く集まることから、交際上手な性質や、交易や市場も表します。しかし、人が集まればとかく不慮の事故が起こりがち。多いこと、利益が出ることだけを良いとするのは早計であると、この卦は教えています。

外卦の「地」の下に、木を意味する「風」があるため、木の芽が少しずつ伸びる姿をこの卦は表しています。物事の成長や発展を意味する卦ですが、しかし、木が育つには長い時間がかかるもの。一朝一夕で育つものではありません。そのため、この卦では、一気に躍進しようと思わず、着実に努力を積み重ねて伸びていくことを教えています。小さな積み重ねの結果、やがて大きな前進や上昇、利益を得ることができると暗示しているのです。また、地中に木の芽が育っている姿から、埋もれた才能が芽を出す、と意味することもあります。

沢の水は満々とたたえられているべきなのに、その水が地下に漏れてしまい、すっかり干上がった状態を表しています。つまり、「困」の文字が表すように、窮地におちいり、困窮した状態を示す卦なのです。水は万物を育てるための基本になるもの。それが枯れ果てているということは、愛情が枯れたり、物質面での苦労が相当あるということ。しかし、最低の状態であればこれ以上悪くならない、ことの意味でもあり、耐えることの重要性もこの卦は教えています。ちなみに、苦しい時には言い訳や弁解をしがちですが、この卦では、それは信用をなくすだけなので、黙して語らないほうが良いとされています。

外卦の「水」の中に木を表す「風」があり、井戸から水をくみ上げる姿を表した卦。井戸水はいつでも枯れることなく人を養う、命を支えるもので、それと同じように、人も慈愛の心で人を助けていくことが大切、とこの卦は説きます。また、井戸の水は尽きることもありませんが、反対にあふれることもなく、つねに変わらない状態を示し、静かに澄み切っています。井戸水をくむ人も、毎日同じように、水くみを続けるでしょう。このように、くり返しの作業をいとわず、学業にしても仕事にしても、日々の小さなことを怠りなく続けていくことの大事さを、この卦は教えているのです。

外卦は水気を表す「沢」。内卦は「火」で、水の下に火があり、対立している状態を表しています。しかも、水が強ければ火は消され、火が強ければ水は消えてしまうという、水と火の間には大胆な変化があるため、この卦は「変革」や「改革」が意味されます。それを端的に表したのが「革」という文字。獣の皮革の意味で、皮をなめす時には毛や脂肪を取り去ってきれいに磨き上げ、もともとの状態とはまったく違ったものをつくり上げる加工法ですが、このなめしのように、旧来のものをガラッと変化させることをこの卦は象徴するのです。「新旧交代」「改まる」といった意味がこの卦にはあります。

煮炊きの道具である「鼎(かなえ)」の姿を表した卦。鼎で食べ物を煮炊きし、これを囲んで身分の境なく団らんしている様子を表しています。しかし、単なる「団らん」だけを意味するのではなく、「内容を改良する」の意味も。つまり、物を煮炊きすることで、硬い物を軟らかくすることができるでしょうし、うまみも出て、素材そのものよりもっとおいしく食べることもできるでしょう。そうしたことから、外のかたちを変えずに中から改良する、という意味が出てくるのです。食べやすくする、ということから、トラブルを調整する、という意味もあります。

内卦も外卦も「雷」を表しています。物事が動き出す「春」を意味する雷が激しくとどろいている様子を示したのがこの卦で、何か新しいこと、驚くようなことがあると暗示しています。意味は、雷が鳴ったので驚き、改めて身を正しく慎む、というもの。驚き、恐れるようなことがあっても、あせって動くのではなく、自分を反省することが大切なのです。雷は反省することのきっかけを与えたり、スタートを切るための背中を後押しするものと取るとよいでしょう。威勢だけで中身がない、プランはよくても答えは出にくい、などの意味もあります。

「山」を意味する「艮(ごん)」が重なった卦です。「艮」が意味する「山」はじっとして動くことがなく、そして「艮」の文字は「とどまる」様子を表しているため、ひたすら自分の道を守り、じっと動かないことを意味します。欲望をあおるものに会っても動じないでいられるから、あやまちもなく、人からとがめられるようなことにもなりません。冬のように静まり返っていますが、やがて時が来れば、春が訪れて動き出すことも暗示しています。みずから働きかけるのではなく、受け身でいることの良さを教えている卦といえるでしょう。

内卦は、とどまることを意味する「山」、外卦は動くことを意味する「風」です。「風」は「木」の象徴でもあり、山の上の大樹を表します。木が育つ時は一気にではなく、ゆっくり。そんな卦のかたちから、順序よく徐々に物事が進むことを意味します。順序に従ってといえば、礼式にのっとって進む結婚の準備のあり方にも共通するもの。その意味で、この卦は、結婚の卦とも呼ばれます。積極的な姿勢は内に秘めながらも、一気呵成(いっきかせい)の勢いで進むのではなく、何事にも根気強く着実にゆっくり進めることで希望が大きくかなう卦。徐々に盛り上がる運の勢いがあります。

結婚や異性関係を表す卦です。外卦の「雷」は長男を表し、内卦の「沢」は末っ子の三女を表すため、末娘が長男に嫁ぐのはつりあいが取れない関係と読んだり、「沢」は快楽を表すことから、若い女性が快楽におぼれて嫁ぐ、などと読みます。いずれの場合も「正常さを欠く状態の結婚」で、結婚や異性関係を表す卦ではあっても、その意味はあまり良いとはいえないようです。また、長男と三女、というつりあいの悪い(昔はそう考えられていたのです)状態から、「バランスやタイミングが悪い」とも読み、そんな状態で先に進んでも、良い結果は得られない、とも教えています。

内卦は「火」で明るさを、外卦は「雷」で動きを表します。つまり、輝くばかりの太陽のような明るさで動き始める様子を表すことから、物事が盛大で豊かに満ちていることを示します。ただし、どんなに勢いに満ち、明るく晴れ晴れとしていても、日はいずれ傾き、豊かで盛大な運もやがては衰えていくもの。だから、自信過剰になったり、今以上に欲を張って豊かさを求めるのではなく、豊かさを維持する努力が必要なことをこの卦は教えているのです。見かけは元気が良くても、どこかに憂うつさが潜んでいる、といった暗示もあります。

日が山の西に傾いている様子を表した卦です。西に日が傾くとは、寂しい夕暮れのころ。人々は家路を急ぎ、家族で団らんを楽しむ時なのに、まだ、その家が見つからない、家庭にいても落ちつかない、といった不安定な状態を表しています。この卦の主人公は、ひとりで故郷を離れて旅をする旅人。ひとりの旅には孤独や困難がつきまとい、その意味で、この卦から物質面や交友面での苦労が読み取れます。その半面、精神を強く鍛えるにはもってこいの時。知恵のある助言者の声に耳を傾けることも、無事に旅を終わらせるには大切なこと、と教えています。

どこにでも柔軟に入り込む「風」が重なった姿の卦。柔軟であることは、人に抵抗なく従うことができるでしょう。その意味でこの卦は、素直に人に従うことが吉となることを表します。また、「風」は情報や伝令を意味し、それがこの卦ではふたつ重なっています。そのため、情報を伝えたり、伝令を出す時には、念には念を入れて行うことが大切とも説いています。さらに、「風」はかたちを持たないもの。そのことから、結果が出にくいとの意味も持ちます。あまり安定した状態とはいえないようですね。

思春期の女性や喜びを表す「沢」がふたつ重なっていることから、仲良く喜び合うことで吉を招く、と意味される卦です。思春期の女性のように素直な態度と慎み深い心でお互いに接すれば、すべての物事は円滑に運ぶ、とも読みます。また、「沢」を表す「兌(だ)」という文字は口を表すため、飲食の機会が多くなることや、楽しい会話を意味すると同時に、口にまつわるわざわいや出費の多いことも意味します。口がうまいので社交上手ではあるけれど、それによってだましたりだまされたりもするでしょう。言葉による争いにも注意が必要です。思春期の女性を表すことから、異性間のまちがいやトラブルも暗示します。

自分自身を表す内卦の「水」は、苦しみや悩みを象徴するもの。ところが、内卦の上には「風」があり、今までの苦しみや悩みが、風によって大きく吹き散らされる、と読みます。苦境からの脱出を暗示し、状況が一新することを教えるうれしい卦ですが、ただし、「吹き散らす」という意味は、すべての事柄に当てはまります。今の状況が安定していれば、それが散らされたり、将来の夢が吹き散るともとらえることができるのです。その意味で、長年の夢をかたちにする新規事は避けたい時ですが、波乱覚悟で冒険を試みるにはよいといえます。

「沢」の上に「水」がある状態を表した卦です。水が足りなければ沢の水は枯れてしまうし、水が多ければ沢の水は決壊してしまいます。ところがこの卦では、その水と沢のバランスがとてもうまく取れています。そのことから、この卦では、節度をほどよく保つバランスの大事さを説いているのです。自分の限界を知り、いきすぎた行動を慎むようにすること。それと同時に、節制や規則が厳しすぎると、心が縛られ、損なわれてしまうことも教えています。ほどよい節度を保つことは大切ですが、しかし、それを行うことはとても難しいことなのですね。

卦のかたちを見ると、上下2本ずつが陽の気で、中ふたつが陰の気。全体のかたちを見ると、まるで卵や風船のようです。そうした卦の姿から、「邪心や虚心のない誠実な状態」を意味したり、卵のかたちから、卵がかえってふ化する、へとつながり、やはり誠実さが意味されます。そんな意味を持つ卦ですから、お互いに相手を信頼し、誠意をもって尽くすことの大事さがこの卦では説かれています。従順なほどに誠意をもって人に接することで、万事が好調に運ぶことも。反対に、誠意がなければ風船のように中身のない空虚な状態を表す卦に変わってしまいます。

卦のかたちは、真ん中の2本が陽の気で、その前後を陰の気が固めています。真ん中の陽の気を胴体とすると、残りの陰の気は羽のように見えます。つまり、鳥のかたちに似た卦の姿なのです。鳥は重力に逆らって高く舞い上がろうとすれば疲れてしまいますが、下降する時には安定感が生まれるもの。このように、人も高慢にならず、むしろ消極的なまでの謙虚さがあれば安定運になる、と教える卦です。また、男女で表すなら、内卦と外卦が互いに背中を向けた図に。別々の方向を向いたふたりはどうも反りが合わないようです。

六十四卦中、もっとも陰陽のかたちの整った卦とされています。なぜなら、1番目と5番目の位置に陽の気がそれぞれにあります。1と5はともに奇数。奇数は陽の気を表すため、もっとも整った姿とされるのです。そこから、この卦は、多くのことは成し遂げられ、完成して頂点にいる安定した状態であることを表します。ただし、物事は頂点を極めてしまえば、あとは下降するのが世の常。いつまでも同じ状態でいることは、自然界ではありえないのです。その意味からも、これ以上のことを求めず、現状維持を心がけることが大切と教えています。

六十四卦中、もっとも陰陽のかたちが整っていない状態を表す卦です。なぜなら、奇数の位置である1、3、5番目に、本来なら奇数を表す陽の気があるべきなのに、すべて偶数を表す陰の気が占めているからです。また、水の下に火があれば、煮炊きなどができるものを、この卦は「火」の下に「水」があり、役に立ちません。このように、どんな角度から見ても、順序が違う、あるべきかたちに位置しない卦なのです。それだけに心の中のバランスが取りにくい、対人面で歯車が合わないなどの困難を示しますが、根気よく打開に励んでいけば、その先にはかならず希望があることを暗示しています。